映画記録「聖の青春」

負けたくない。

聖はあまりしゃべらない。対局中は会話がない。どうやって物語を面白くしていくんだろう、と途中で思ってしまった。内心で何を考えているのか、どんな哲学を持っているのか。推察するしかなくて、じっと見つめる時間があったけれど、後半、羽生さんとの対局後、居酒屋で「どうして将棋をやっているんでしょう」という問いと、「死にたいくらいに悔しい」「負けたくない」「その一点でしょうね」(だっけ)という会話。それから2回目の対局前に小石のごろごろした黒い海辺を歩くシーン。映像美によってぐっと理解が深まり、いついかなるときも一人で立ち向かう聖の姿にとても勇気づけられた。

私はちいさいころ、負けず嫌いだったのに、いまは負けるかもしれないなら初めから勝負したくない、としり込みしてしまうくらいにひ弱になった。

聖は、「神様のすることは予測がつかない」と言っていた。きっと、将棋は手を読める一方で、病に冒された体で戦わなければならない人生は、先になにが待ち構えているのか全く読めないし、どんな運命が降りかかってくるかわからない。

神様に一つ願いをかなえてもらうとしたら、という問いに「神様除去」と答えた意味は、自分の道は自分の手で切り開くという鬼気迫った答えなんだろうな。

私も、逃げないで「負けたくない」と血をたぎらせて人生無駄なく生きたい。と思わされ、励まされました。