読書記録『プロパガンダ』(エドワード・バーネイズ)

1928年執筆のプロパガンダの親

書いてあることは、当然のこと。

心理的に集団を掌握することのパワフルさを説く本だけど、2017年の今にもしっかり通じるなと感じた。

そして、一番考えたのは、ウェブ上におけるプロパガンダってどうなってるんだろう、ということ。

プロパガンダの基本は、集団およびそのリーダーを心理的に手なずけることだけど、多様性を認め、どこにも分類されない(と認識している)個人が発言できるウェブにおいては、人々をひとくくりにして同じような考え方に共感させてしまうことは、難しいのではないかと思った。

そしてその一方で、そのような環境でも着々と結束を強固にしているネット右翼集団、あるいはネトサポっぽい方々はどうやって思想を共有しているのかなあ。

ゼミで読んだHybrid Media とも関連するところがあるし、卒論のネタにしようかな。

 

読書記録『氷壁』(新潮社・井上靖)

山岳小説じゃなくて恋愛小説だった

山に登ることよりも、美耶子とかおるに対する思慕がメインだった。

ゴツゴツした山岳小説を期待していたから、少し肩透かしを食らった感は否めないけど、恋愛小説として感想を残したいと思います。

とはいえ、井上靖の風景描写は絵画的で、冬山や都会の雑踏が目に浮かぶようだった。途中、ナイロンザイルの性能実験を河原で昼寝しながら待つときの黄緑色の風景は、風のさわやかさと平穏さが、とても際立っていた。

親友の小坂を失った冷酷で誘惑的な冬の穂高の絶壁と、世間体を気にする薄情でもろい都会。事故の原因に迫る一歩手前、実験が終わるのを待つ柔らかな河原は、山と都会のはざまの、一瞬の安穏の地だと感じた。

それから、魚津が落石で亡くなって、遺骨が列車で東京に戻ってきたシーンの汗びっしょりな常盤の様子も印象的だった。山に心を奪われた若い部下を失った上司として、「くそっ」と毒づいたのは、無力な自分に対してではないかと思った。その、分かりづらくて俗人的で、不器用なおしゃべりの支社長。魚津と距離感を保ちながらも、大人らしい支え方だと思った。

小坂を荼毘に付すシーンの神聖さも、脳裏に焼き付いた。結婚を決意したかおるの告白はとても唐突に感じられたけど、あそこじゃないと決まらないセリフだな、と思った。

 

物語のほとんどが、小坂を穂高に残したまま東京で過ごす半年間なので、世間からの「魚津がザイルを切ったのではないか、小坂の自殺ではないか」という疑いにさらされた魚津、小坂との不倫がばれるのではないかとびくびくし、かおるの若さに嫉妬する美耶子、得意先と魚津の間で板挟みになる常盤などなど、人を信じる難しさの中でずっともやもやした状況だった。

読んでる当時は中だるみし欠けた部分もあるけど、全体を振り返ると、ザイルのように細い糸がねじられ、より集められた様子と重なり、そして美しい風景描写で彩られたいい作品だな、と思った。長いから読み返すかは分からないけど!

 

読書記録『北の海 上・下』(新潮社・井上靖)

 

奔放で何にも縛られない青年

洪作の柔道に明け暮れる浪人時代、私の大学生活と似ていると感じた。

大学生活、登山に打ち込んだり、あちこち旅行にいったりしたことを

「自由に行きすぎたかなあ」と思ってもやもやしたりした。

でも、洪作が自由に生きて、それがなにか成長や生きる指針につながっている様子をみて、自己肯定につながる部分がありました。

 

そして、洪作が悪ガキと付き合い始めたときは「やめなよ~」って思ったけど、実際に金枝、木部たちは頭も良くて魅力ある青年たちだったから、結果的に洪作の人間性を豊かにしていたと感じた。

あとは、れい子との甘酸っぱい思い出!冷たくてすべすべしていて、柔らかい手を千本浜で握った夕暮れの思い出がすごくよかった!

最後、台湾に行って両親と暮らした洪作の様子を見たかったなあ。寺の生活もそうだけど。続きがあってほしかった!

読書記録『夏草冬濤 上・下』(新潮社・井上靖)

 中学生の友達との距離感

洪作の友達、小林や増田たちとの距離感、それぞれに対する見栄、などなど。

それから、かばんをなくして先生を怖がる様子。

かわいいなあと思ったり。

 

 

映画記録「聖の青春」

負けたくない。

聖はあまりしゃべらない。対局中は会話がない。どうやって物語を面白くしていくんだろう、と途中で思ってしまった。内心で何を考えているのか、どんな哲学を持っているのか。推察するしかなくて、じっと見つめる時間があったけれど、後半、羽生さんとの対局後、居酒屋で「どうして将棋をやっているんでしょう」という問いと、「死にたいくらいに悔しい」「負けたくない」「その一点でしょうね」(だっけ)という会話。それから2回目の対局前に小石のごろごろした黒い海辺を歩くシーン。映像美によってぐっと理解が深まり、いついかなるときも一人で立ち向かう聖の姿にとても勇気づけられた。

私はちいさいころ、負けず嫌いだったのに、いまは負けるかもしれないなら初めから勝負したくない、としり込みしてしまうくらいにひ弱になった。

聖は、「神様のすることは予測がつかない」と言っていた。きっと、将棋は手を読める一方で、病に冒された体で戦わなければならない人生は、先になにが待ち構えているのか全く読めないし、どんな運命が降りかかってくるかわからない。

神様に一つ願いをかなえてもらうとしたら、という問いに「神様除去」と答えた意味は、自分の道は自分の手で切り開くという鬼気迫った答えなんだろうな。

私も、逃げないで「負けたくない」と血をたぎらせて人生無駄なく生きたい。と思わされ、励まされました。

 

 

 

映画記録「湯を沸かすほどの熱い愛」

伏線だけでできている

まずもって物語の構造の美しさに感激しました。作りこまれていて、「作品」という言葉がぴったり。どのカットにも物語振興のための意味があって、雰囲気を醸すだけのぽわぽわした時間がありませんでした。物語そのものが濃密だった。

そして、登場人物も無駄がなかった。脇役がいないの。みんなそろって完結するようになっている。だからこそ、泣けるところでしっかり泣けるのかな。

テンポも良くて、嫌味な展開もなくすごくお気に入りの映画です。

そして何より、どの登場人物も好感がもてる。主人公の幸野双葉(お母さん)の強さとやさしさにとても励まされる。そして、タイトルにある「熱い愛」。娘が学校でいじめに遭っていて、それでも朝、「学校に行きなさい!」とあずみを叩き出し、帰宅するまで心配し続けるシーンには、よく出来すぎた人間すぎて、現実味が感じられなかった。それでも泣いたけどね笑

大好きなシーンは色々あるけど、(いや、大好きなシーンしかない)制服を盗まれたあずみ教室で体育着を脱いでがお母さんからもらった水色の下着一丁になったその立ち姿は圧巻だった。かっこよすぎる。思い出すと涙が出てくる…

あのときお母さんからもらった下着は、名前通り「勝負下着」だったね。

そして全編を通じてあずみ役の杉咲花の表情が最高だった。何回泣かせるんだよ~ 体も張るし、応援したい女優さんです。

実母に面会を断られたとき、門の外から瀬戸物の犬の置物を投げつけたシーンはとがった怒りというよりも、子供っぽく拗ねた気持ちを感じた。そして、「車乗れ!」と叫ぶ探偵さんに背負われる後姿には愛嬌があった。結構好きなシーンだなぁ。

 

ラストシーンは序盤のかまどのシーンで薄々気づいちゃったから、「うわあやっぱりか」とがっかりしたけど、本当にやっちゃうのか!とびっくりした。

葬式がなんだかみんなの新生活の出発点のように感じられる、希望にあふれる終わり方でした。双葉がいなかったら実現しなかった、あったかい銭湯。

 

読書記録『しろばんば』(新潮社・井上靖)

 

ものを知ることの侘しさ

湯ヶ島で少年時代を過ごした洪作の生活を、少しうらやましいと思った。

小1~小3のころ、子供の間で起こっていることが、自分にとっての全世界で、

楽しいことや面白いものを見るのに大忙しだった。

その中で、自分の抱いた感情、大人からの扱われ方や投げかけられた言葉に

いくつかの発見と成長をする。

ゆっくり、しかし避けられぬ心の変化は、読者にとって成長を見届ける喜びでもあり、また二度と戻れない時期への寂しさもを感じさせるものであった。

おぬい婆さん、上の家といった親戚の人との微妙な距離感の違いを分別し、自分がどう振る舞えばいいかをゆっくり習得するその様に、不自由なものは感じなかった。

大人になっていくこと。それは甘酸っぱい。その複雑な機微を味わえる本です。

ということで、今後井上靖の読破を目指します!